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静岡地方裁判所沼津支部 平成3年(ワ)369号 判決

原告

株式会社甲野自動車

右代表者代表取締役

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

荻野明一

本橋美智子

被告

乙山次郎

右訴訟代理人弁護士

辻千晶

右訴訟復代理人弁護士

三輪泰二

主文

原告の本件訴えに関する被告の裁判管轄権不存在の本案前の主張は理由がない。

事実

(申立て)

一  原告

1  被告は、原告に対し、八二〇万三九〇九円及びこれに対する平成四年一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告の本案前の抗弁

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(主張)

一  原告の請求原因

1  原告は、自動車の修理、販売及び輸出入を業とする株式会社であり、被告は、国際運送等を業とするドイツ○○サービス有限会社の代表者である。

2(一)  原告は、平成元年二月ころ丙川三郎(以下「丙川」という。)との間で、丙川が、ドイツ国内において、原告のためにその注文する自動車を購入して日本への輸出手続の代行をする旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(二)  原告は、丙川に対し、別紙記載のとおり、自動車の購入及び日本への輸出手続をするように注文し、購入代金を日本から送金して支払った。

(三)  しかし、丙川は、本件契約締結時から経済的破綻状態にあり、契約に従って自動車を購入して輸出代行を履行する意思も能力もなかった。

3(一)  被告は、丙川と共謀して原告から自動車購入代金名下に金員を詐取しようと企て、丙川を自動車の購入及び輸出代行者として原告に紹介し、丙川に原告との間に本件契約を締結させた。

(二)  仮に、被告に右共謀の事実が認められないとしても、次の事由により原告の受けた損害を賠償する義務がある。

(1) 被告は、丙川を、自動車の購入及び輸出代行者に適した者として原告に紹介した。

(2) 被告は、丙川が本件契約を履行する意思も能力もないことを熟知しており、原告が丙川と取引をすれば、原告が損害を受けることを容易に認識できた。

(3) 被告は、原告に対し、丙川が本件契約を履行する意思も能力もないことを知らせるべき信義則上の義務があったのに、右義務に違反して原告に右事実を告知しなかった。

4  原告は、被告らの不法行為により、次のとおりの損害を受けた。

(一) 自動車購入代金相当額

八一三万七五〇九円

(二) 送金手数料相当額

六万六四〇〇円

よって、原告は、被告に対し、右損害金八二〇万三九〇九円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成四年一月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

本件訴えについて、我が国に裁判管轄権はない。

1  国際裁判管轄権については直接の規定がなく、訴訟法の理念に基づく条理にしたがって決定するのが相当である。我が民事訴訟法の国内の土地管轄に関する規定による裁判籍が我が国にあるときは、これに関する訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが右条理に適うものというべきである(最判昭五六年一〇月一六日)。

2  そこで、右条理に照らして、被告の住所地、不法行為地、義務履行地を根拠とする管轄権の有無を検討する。

(一) 被告の住所地

被告は、家族とともにドイツ連邦共和国デュッセルドルフ市に居住しており、日本に帰国する予定はなく、被告の住所地を基準とする管轄権はドイツの裁判所にある。

(二) 不法行為地

(1) 不法行為地とは、まず、加害行為を行った土地をいい、原告が被告側の加害行為として挙げる行為は、いずれもドイツにおいて行われている。

(2) 次に、損害の発生地であるが、これを無制限に不法行為地として認めると、加害者に予期できない土地における応訴を強いる結果になるので、一定の条件をつける必要がある。そして、管轄の基礎となるべき損害発生地とは、ドイツで荷作りして発送した商品が日本で爆発した場合等のように物理的な損害が発生した土地に限定されるべきであり、原告の受けたという損害は物理的損害に該当せず、損害の発生地も日本に存在しない。

仮に、物理的損害に限らないとしても、送金銀行は、当事者の本拠地付近にあることが通常であるから、送金銀行所在地に独立の裁判管轄を認めることは、原告住所地に管轄を認めることになって不当であり、更に、国際取引においては、第三国所在の銀行が利用されることがあり、かかる場合にも裁判管轄権を認めると著しい不合理な状態が生ずることになる。

(3) 更に、証拠の収集の点から考えても、原告の請求原因事実を立証する証人等の多くはドイツに居住しているから、それらの者を日本の裁判所に出頭させて取り調べるには多額の費用を要することになる。

そうすると、当事者双方にとって、ドイツの裁判所において審理するのが便利であるといえる。

(三) 義務履行地

民法四八四条によると、不法行為に基づく損害賠償請求権の義務履行地も債権者の住所地となる。しかし、不法行為地以外の義務履行地に裁判籍を認めて被告に応訴を強いることは、国際訴訟では、被告の予測が不可能であって、当事者の公平に反するおそれが大きいとして義務履行地を根拠とする管轄権は否定されている。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  我が民事訴訟法の土地管轄に関する規定に従えば我が国内に裁判権があるときは、我が国の裁判権に服させるのが条理に適うとすることは、被告の主張するとおりである。

2  本件の場合、不法行為地(民事訴訟法一五条一項)及び義務履行地(同法五条)が我が国内にあることは次のとおりである。

(一) 不法行為地

原告は、静岡銀行御殿場北支店において、丙川に対し、送金手数料を支払って自動車購入代金を送金しており、それにより送金した代金及び手数料額相当の金員の損害を受けたものであるから、我が国内に損害発生地がある。

被告は、損害とは、物理的損害に限定されるべきであると主張するが、このように解釈すべき根拠は存しない。

(二) 義務履行地

不法行為に基づく損害賠償債権の弁済場所も、民法四八四条によると債権者の住所であるから、原告の住所地は義務履行地となる。

(三) 本件の関係者はすべて日本人であり、日本国の裁判所において適切、十分な取り調べが可能であり、また、原告側の関係者は日本国に居住しているのであるから、ドイツの裁判所において審理されると、ドイツに赴かなくてはならなくなり、我が国の裁判所において審理することが、著しく不公平であるとはいえない。

四  〈証拠関係略〉

理由

一〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によると、原告は、平成元年二月ころ、丙川との間に本件契約を締結し、自動車の購入代金として静岡銀行御殿場北支店において、同年三月二二日、同年四月二五日、同年六月一九日に合計六三六万六四二八円を丙川に送金し(送金手数料合計四万九八〇〇円)、同年八月一五日に一七七万一〇八一円を被告に送金した(送金手数料一万六六〇〇円)ことが認められる。

そして、原告は、被告が、丙川と共謀して原告から自動車の購入代金名下に右金員を詐取したと主張して(予備的に、被告が、丙川との取引により原告が損害を受けることを認識しながら、信義則上の義務に違反して原告にその旨告げなかったと主張している。)、被告に対して損害賠償の請求をしている。

二被告は、本案前の抗弁として、日本国裁判所は本件訴えにつき裁判管轄権を有しないと主張するので、この点について判断する。

1  〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によると、被告は、神奈川県○○市に本籍を有する日本人であり、旅券の交付を受けてドイツに渡航して昭和六二年九月以来現住所に居住し、日本郵船株式会社の出資により設立されたドイツ○○サービス(ドイツ法人)の代表者として勤務していること、我が国に帰国することも多く、平成元年には三月及び一〇月に帰国したことが認められる。

2  ドイツに住所を有する被告に対し、我が国が裁判管轄権を有するかについては、当事者間の公平、裁判の適正、迅速を理念として条理に従って決定されることになるが、我が民事訴訟法の土地管轄の定めにより裁判籍が国内に認められるときは、我が国の裁判管轄権を認めることが条理に適うものと考えられる。

そこで、本件について、我が民事訴訟法上の土地管轄が認められるかについて、以下検討する。

(一)  不法行為地

原告の主張によると、原告は、ドイツにおいて、被告から丙川の紹介を受けて本件契約を締結し、自動車購入代金として、前掲のとおり平成元年三月二二日から同年八月一五日までの間に四回にわたって、静岡銀行御殿場北支店において、送金手数料を支払って丙川及び被告宛てに送金し、右金額の損害を受けたというものである。

民事訴訟法一五条の不法行為地には、不法行為のなされた土地及び損害の発生した土地が含まれるものと解されるところ、前掲原告の主張によると、原告は、丙川の欺罔行為によって送金手数料を支払って自動車購入代金を送金したというのであるから、右送金した土地は、原告が金員を支出して同額の損害を受けた土地であり、同条の定める不法行為地に該当すると解すべきである。

被告は、損害の発生地を物理的損害の発生した土地に限定すべきであると主張するが、一般的に損害の意味を右のように限定するのは相当でない。本件の場合は、欺罔行為により現実に金員を支出して同額の損害を受けたというものであって、不法行為により直接に受けた損害であり、また、原告主張によると、本件不法行為は、取引を仮装して自動車購入代金名下に金員を詐取されたというものであって、不法行為時において、被害者が誰であるかは明らかであり、損害の発生地も十分に予測が可能であるといえるから、右土地を不法行為地とすることが、加害者側に不公平な結果をもたらすとも認め難い。

(二)  義務履行地

民法四八四条によると、債権者の住所において弁済すべきものとされており、不法行為による損害賠償債務についてもそれによることになる。

ただ、それに拠って国際裁判管轄権を認めることは、被告の予測が不可能であって当事者の公平に反するおそれが大きいとして否定すべきであるとされている。しかし、一概に否定すべきかについては問題がある。けだし、本件の場合は、前掲のように、加害者とされている丙川及び被告は、被害者が誰であるかは事前に熟知していたというべきであるから、予測が不可能であるとはいえず、裁判管轄権を認めても、特に不公平な結果をもたらすともいい難い。

(三)  本件に関与したとされる者は、すべて日本人であり、我が国及びドイツに居住しており、ドイツにおいて審理されると、原告側の関係者がドイツに赴かなければならなくなるのであるから、我が国において審理されることにより被告の受ける不利益が、原告に比して特に著しく不公平であるとまではいい難い。

3 以上の諸事実に基づくと、少なくとも、民事訴訟法一五条の裁判籍が我が国にあるといえ、それに拠って本件について我が国の裁判権を認めることが条理に適うものと解すべきである。

三よって、我が国の裁判所は本件訴えについて管轄権を有しないとの被告の本案前の主張は理由がないから、主文のとおり中間判決をする。

(裁判官新城雅夫)

別紙

原告の注文および送金一覧表

番号

注文年月日

目的自動車

送金年月日

送金額

1

元・三・二〇ころ

ベンツ三〇〇

SE 一台

元・三・二二

頭金 九六万三〇八七円

送金手数料 一万六六〇〇円

同・六・一九

残金 四一四万四一九三円

送金手数料 一万六六〇〇円

2

元・四・一二ころ

ベンツ五〇〇

SE 一台

元・四・二五

頭金 一二五万九一四八円

送金手数料 一万六六〇〇円

3

元・六・一〇ころ

ベンツ二三〇

TE 一台

元・八・一五

一七七万一〇八一円

送金手数料 一万六六〇〇円

合計 八二〇万三九〇九円

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